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春風 妙のブログ

日々の徒然をとりとめなく

「サマディ(三昧)の目的」

私は仏教の修行の一環としてヨーガを行っています。

 

タントラ・ヨーガであり、密教的な方法ですね。

 

クンダリーニ(もしくはチャンダリーニ)が目覚めるとサマディ(三昧)といわれる非日常的な心身の状態になります。トランスパーソナル心理学的にいえば変性意識ですね。

 

ある種の宗教体験や神秘体験をします。

 

サマディ(三昧)は素晴らしい経験です。

 

しかし、サマディ(三昧)に入ることだけが目的になると現実を見失う危険性があります。神秘体験も体験しただけではただの一過性の経験にすぎません。

 

サマディ(三昧)に入ってから「如実知見」する必要があります。

 

「サマディ(三昧)」に縁りて「如実知見」あり、です。

 

「如実知見」とは「智慧」をえることです。

 

仏教的にいえば「正見」です。

 

サマディ(三昧)の目的は「正見」をえることにあるのだと私は思います。

 

 

 

 参考文献:

     書名:「阿含経典 1」

     著者:増谷文雄 編訳

     出版社:筑摩書房

「法事にて」

先日、法事にいってきました。

 

葬式の時に和尚様が「故人を忘れないでいてあげましょう」とお話しになりました。

 

それはそれで有り難いお話しなのですが、わりと普通というか一般論ですよね。

 

「故人はすでに亡くなりましたが、あなたも、あなたも、あなたも、みんな死にます。それは10年後かもしれないし、明日かもしれないし、5分後かもしれない。無常迅速です!ご用心!ご用心!」

 

これくらいいっていただけると仏教らしくてもっと有り難いのですが。

 

禅宗だからといってあまり風狂に傾いた発言をすると檀家さんたちに嫌われるので無難にまとめるものなのでしょうか??

 

 

「モノの価値」

 先日、いただき物の高級国産黒毛和牛の肉を食べました。すき焼きにして美味しくいただきました。

 確かに美味しかったのですが。普段、高級な牛肉を食べつけてないので、どれくらいのランクの肉なのかさっぱりわかりません。。。

 近所のスーパーで特売しているオージービーフよりは美味しい。

 それぐらいの判断しかできません。

 こういう高級食材というものはそれなりに舌が肥えている人でないと真の価値を理解できないのでしょう。

 何事もモノの価値というものは評価する人しだいというか。

 

          吉野家松屋すき家

 

 私ではこれくらいの判断しかできません。

 これも肉ではなく牛丼の味の好みですが(笑)

 そもそも普段はスーパーでも牛肉はお高いので豚肉か鶏肉を食べることが多く、牛肉はあまりウチの食卓にはあがりません。だから、なおさら牛肉の味はわからない。

 国産黒毛和牛は確かに美味しい肉でしたが、また食べたいかというとそうでもなく、舌もお財布の中も肥えてない肉の真の価値がわからない人間としてはスーパーの安肉で十分だな、と思いました。

 モノの価値とは何事もこんなものかもしれませんね。